岡本一平と深く関わった長編漫画

一平塾の誕生

一平は、ペンによる硬い写実的表現が主流の漫画界に、毛筆または毛筆風の南画的簡略誇張表現を持ち込んでいる。そして、写真と映画が社会に深く浸透していく時代に、彼はそれらの魅力を分析し、それに挑戦するかのように漫画の表現形式を創造していく。

すなわち、一枚の絵あるいはコマを使った連続絵だけでは写真や映画が表現しうる繊細で深みのある世界にとうてい勝りえないと考え、漫画に軽妙酒脱な文章を付加し、「漫画漫文」「映画小説」あるいは「漫画小説」といった長編ストーリー漫画のスタイルをつくりあげる。現代の低迷している一枚絵漫画(カートウーン)の世界は、一平のこのたくましい創造精神に学ぷべき点があるのではなかろうか。

一平は昭和三年ごろ、漫画家志望の若者たちを対象に、漫画の真髄について語る会を定期的に開き、次の世代を担う漫画家を育てはじめた。その通称”一平塾”は、今日的な意昧の漫画学校ではなく、一平と語り合う会というサロン的雰囲気の場であった。授業料はとらず、ときには近所の料理屋に場所を移して飲み食いの中で語り合うことも行なわれた。最盛期には六十人の青年たちが、一平の話に耳を傾けたという。

近藤日出造・杉浦幸雄・矢崎茂四・小山内宏・旭正秀らがこの塾に出入りした。清水崑は昭和六年頃、街頭の似顔絵描きをしていて一平に才能を認められ、門人になった。小山内宏は戦後、絵物語で知られる山川惣治のアシスタントをしたが、その後、軍事評論家として知られた。

旭正秀は版画家となり、大津絵の研究家としても知られた。また、横山隆一は塾生ではなかったが、一平と長くつきあい、彼の漫画精神を吸収した一人であった。

現代連続湿画全集

昭和七年、近藤日出造・杉浦幸雄・矢崎茂四らは横山隆一とともに新漫画派集団なるグループを結成し、当時世界的に流行していたナンセンス漫画という人間性を諷刺の対象にした漫画分野をマスコミ各紙誌にグループで売り込んで漫画界の主流になっていく。

この一平門下生たちが、一平の開拓した大衆向けの連続漫画・ストーリー漫画の分野に意欲的に挑戦した仕事としては、昭和十年から十一年にかけて刊行された「現代連続漫画全集」全八巻(アトリエ社)がある。当時は、ストーリー漫画のことを「連続漫画」と呼んでいたのである。この全集で近藤日出造は「ミスパン子」、横山隆一は「トップ君とラスト君」、宮尾しげをは「ドングリ太郎」「突飛鳶太郎」を寄稿した。近藤の作品は、生涯唯一のストーリー漫画であった。

この全集には他に前川一雌・孔舷凹群・麻生豊・長崎抜天・六戸左行・池田永一治・河盛久夫・武井武雄・阪本城・田河水泡・松下井知夫・小野佐世男・市川十士という人気漫画家たちが寄稿し、戦前の大衆向けストーリー漫画の発展に大きな刺激を与えるものとなったが、日中戦争・第二次世界大戦・太平洋戦争の時代となって、大衆向けストーリー漫画の発表の場は次第になくなっていった。

杉浦幸雄が「主婦之友」昭和十三年九月号から連載した「銃後のハナ子さん」は、戦時中から昭和二十四年九月号まで続いた数少ない連続漫画の傑作の一つであった。大衆向けの連続漫画・ストーリー漫画の世界が真に花開くのは、戦後のことである。岡本一平は戦中、岐阜に疎開し、戦後その地で亡くなるまで「漫俳」の同好会を主宰していた。漫俳とは俳句ほどの文学性を要求せず、川柳ほどの諷刺性も要求しない、その中間的なものを目ざした五七五形式であった。定期的に句会を開き、機関誌なども出していた。

昭和二十三年十月、死の直前に作った彼の漫俳絶句はこういうものであった。

秋晴れや映画の景色行く心地

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